つみきのじかん

3分前の自分に「+1」

自分を否定してくる人こそ大切にすべき

ブログ界隈のSNSを見ていると、

 「否定する人間とは付き合う必要はない。」

 「肯定してくれる人こそ、大切な人物。」

みたいなありがたい言葉が目につく。

 

いやそんなわけないから。

これを真に受けると、人生損するよ。

 

この手のことを言う人はただの寂しい人間、または警戒すべき人間だから一考すべき。

肯定or否定

何気ない会話の中で、相手が相談を持ちかけてきました。

「私〜しようと思うんだ。どう思う?」

 

どう思う?

→自分の意見を言わなければなりません。どうしましょうね?

 

程度の差はあるにしろ、肯定か否定かどちらかに寄ることになるでしょう。

興味ないわ、とかなかなか言えないし。

 

肯定するのって簡単!

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肯定するのって簡単です。

相手が言った言葉を拾って、褒めるだけでいいもんね!

言葉選びのリスクもすごく小さい。 

 

「すごい!」

「さすがですね!」

 

大して頭も使わなくていいし、相手も気持ちいい!

会話の雰囲気はよくなる一方です。

 

わぁい、いいことづくめ!

 

もちろん、これは大切なコミュニーケーションの考え方です。

相談の本心は、実は耳触りのいい言葉が聞きたいだけってことも多いですしね。

 

否定した場合、会話はどうなるか

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これに対して、否定的な意見を言うのってどういうプロセスを踏むんでしょうね?

まず相手の言ったことを咀嚼して、自分の意見を考え・伝えなければいけないですよね。

 

次に、会話で否定的な意見が出た場合、雰囲気はどうなるでしょうか。

 

おそらく、険悪になりますよね。

場合によっちゃ喧嘩になるかもしれません。

もう嫌いになっちゃうかも。

 

だーれも楽しくない。

誰だって進んで嫌われたくはないさ。

 

否定的な意見を言う心理って?

では、あえてそんな意見を口にする意図はなんでしょうね?

取る必要のないリスクを取ってまで否定する理由は。

 

それこそ、相手のことを思っているからこそ。

不要なリスクを取ってまで否定的な意見を言うんですよ。

 

リスクに対する考え方は?成功する具体的な計画は立っているの?

関係が深い相手が「否定的な意見」を言う場合は、こんな意図のある否定でしょう。

 

冒頭で揚げたような「否定的な意見」を否定する人は、この観点がないんです。

 

ただ否定することでストレスを発散したり、優越感に浸る人物としかこれまで関係を持ってこなかった。

または発言している本人がこの手の人間であるか、のどちらかです。

 

本気で言っているならね。

 

以上を踏まえてネットを見てみよう

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さて、ネット上だけとかの浅い付き合いの場合、相手のことをそこまで考えるでしょうか?

 

考えないでしょうね。完全に他人の人生ですもの。自分との関係が薄すぎる。

 

ネット上での絡みがあったとしても、その場の雰囲気が明るく楽しく、後で「最高の時間だった〜!」とでもTweetできれば満足でしょう。

 

ここに、あえて「否定的な意見」を潰す理由はどこにもないですよね。

ではなぜ、「否定的な意見」を潰す必要があるんでしょう?意図は?

 

それは、盲目的な視点を与えて人をインスパイアする為です。

 

そしてその先にはなにがあるんだろう?

 

それは、「肯定的な意見を言う人」を神格化・教祖化する為です。

「肯定的な意見を言う人」て誰?

そう、「否定的な意見を潰している人」その人ですよね。